とっとりいきいきシニアバンク「生涯現役」
0857-59-6336
お問合せ お気に入り

HOME活動紹介

災害は忘れる間もなくやってくる  小山富見男さん

2020年8月26日

 鳥取市尚徳大学の講座収録が8月26日、市文化センターであり、小山冨見男さん(鳥取地域史研究会長)が「天変地異と防災の日」について話しました。このなかで小山さんは「災害は忘れる間もなくやってくる」と、防災の心構えを説きました。収録のDVDは受講生に配布されます。
 小山さんは地震について話しました。鳥取の主な大地震は、1943年(昭和18年)9月10日の鳥取震災▽2000年(平成12年)10月6日の鳥取県西部地震▽2016年(平成28年)10月21日の鳥取県中部地震―などです。
このうち、死者が出たのは鳥取震災です。震源は鳥取市野坂川の中流域で、ごく浅いところでの発生とあって、市内中心部の家屋はほとんどが倒懐しました。死者1,083人、全壊家屋は7,485戸にのぼりました。
小山さんによると、気象庁は大きな災害が起こると、その名称を定めます。目的は災害復旧の円滑化と、その経験や教訓を後世に伝えるためです。物理学者の寺田寅彦は「災害は忘れたころにやってくる」と言いましたが、それは記憶ではなくて、「教訓を忘れたころにやってくる」というのが本意だったようです。
 地震列島・日本では、いつ、どこで地震が起こるかわかりません。1923年(大正12年)の関東大震災は未曽有の被害をもたらしました。この教訓を忘れないため、神奈川県には139もの慰霊碑などが残されています。小山さんは「鳥取震災の教訓を忘れないよう、鳥取でも後世に伝えるものをもっと残し、保存すべきではないか」と訴えます。 
 慰霊碑といえば、鳥取市の久松連峰の雁金山に平和祈念塔があります。1959年(昭和34年)に建てられました。7年前の鳥取大火がきっかけです。鳥取大火は鳥取城の攻防戦や鳥取震災などで犠牲になった霊が成仏できずにいるから発生したのではないかという意見があり、災禍の絶滅を念じて平和祈念塔が建てられたといいます。小山さんは「新型コロナウイルスの感染が鳥取県で広がらないのは、この塔のおかげかも」と考えています。
 小山さんは「心の準備ができない災害には、日ごろからの備えが必要。災害のニュースは我が身に置き換えて考えましょう。一人ひとりの知識が身を守ります。防災、減災は①想定にとらわれない②逃げられるところまで逃げる③真っ先に逃げることを恥じない―が3原則です。そんな行動が多くの人を救います」と、心構えを伝えました。

小山冨見雄さん

鳥取震災 千代川右岸亀裂状況 鳥取県立公文書館提供

鳥取震災 日赤病院病棟倒壊状況 鳥取県立公文書館提供

平和祈念塔

一覧に戻る