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天下一品だった佐治漆           橋谷田岩男さん

2018年9月26日

 八頭郷土文化研究会(徳永耕一代表)は9月26日、鳥取市の用瀬町民会館に漆芸・漆研究家の橋谷田岩男さん(智頭町)を招き、佐治漆の栄光の歴史を聞きました。佐治漆は300年の歴史があり、天下一品の評価を受けながら消えてしまいましたが、橋谷田さんは「佐治漆は日本のどこにもない固有種。漆産業を復活させたい」と報告していました。
 橋谷田さんの調べによると、佐治漆は江戸時代の元禄期から栽培が盛んになり、佐治川右岸の加瀬木や加茂などが産地だったといいます。県内有数の降雨量を誇る変成岩地帯で、幕末期にはウルシキ3万本、漆1千kgを生産。鳥取藩は用瀬宿に買取座を設けて管理し、賀露から大阪や能登などへ運び、鳥取藩の大きな財源にしたといいます。
 ちなみに現在の漆の国内生産量は約1千kg(平成26年、農水省調べ)。岩手の645kgがトップで以下、茨城、、栃木などが続きます。かつての佐治が一大産地だったことがよくわかります。いま漆の年間需要量は50トンですから、国産はわずかに2%にすぎません。ほとんどが中国産です。
 データによると、鳥取県の漆生産量は明治35年1,691kg、昭和16年563kg、昭和36年1,568kg(全国生産18,627kg、本県シェア8.4%)など。漆は工芸品だけでなく、自動車や機関車など工業製品の仕上げ塗装にも使われ、戦時中は火薬の湿気防止のために大砲の弾倉にも塗られるなど、その特需で漆生産農家は潤ったといいますが、昭和42年ごろスギ、ヒノキ、和紙、ナシなどに押されて300年の歴史を閉じました。
 橋谷田さんたちは平成28年、漆産業の復活を目指して佐治漆研究会をつくり、苗木の植栽などに取り組むとともに、京都府大に委託して佐治漆のDNA検査も行いました。それによると、日本国内で見つかっている22個体とは別の遺伝子を持つ固有のウルシキであることが分かったといいます。たんぱく質や漆の研究で知られる鳥取大農学部の角倉邦彦教授(有機微量分析学)は生前、佐治谷や佐治漆について「品質良好、日本一のものを産す」と評価していたそうで、改めて関係者の関心を集めています。
 橋谷田さんは「佐治漆は固有のもので、天下一品のブランドと分かった。樹液が採れるようになるには10年かかるが、佐治谷のみなさんと連携して観光にもつながる産地形成をしていきたい」と話していました。

 ※写真上:橋谷田岩男さん

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