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2026年7月11日
7月11日、鳥取県米子市立図書館で伯耆文化研究会例会が開催され、会長の根平雄一郎さんが「米子城主・中村一忠ミイラ事件」のテーマで講演しました。
米子城初代城主であった中村一忠の墓所は菩提寺である感応寺(米子市祇園町)にあり、300年忌(明治42年)に墓地を整備した際にミイラ(屍蝋化した遺体)一体が発見されたと記録にあります。ところが昭和10年の東京帝国大学の学園祭で「中村伯耆守主従のミイラ」三体を目撃したという証言もあります。
根平さんは東京帝国大学産婆復習科に通っていた女性の話として「三体の主従のミイラのうち一体に『中村伯耆守』と表示があったことを克明に覚えていることや、この話を聞いた当時の山陰歴史館杉本館長が東京大学に問い合わせたところ、所蔵記録も展示記録もないと言われた」ことをお話しされました。
そもそも埋葬されていたのは一体なのか、三体ならば記録が意図的に省略されているのか。東京帝大学園祭に展示された経緯が不明なことや記録が存在しないのはなぜか。また、現在墓地には遺骨はないといわれているが、いったいどこにあるのか。謎は深まるばかりです。
根平さんはミイラ事件解明のための史料・現地調査として感応寺、寺院文書、中村家関係者証言、当時の東京帝大研修者聞き取り等を考えています。そして米子城騒動や諸説ある中村一忠急死の原因解明等に繋がるかもしれません。
最後に根平さんは「この研究はミイラ事件の結論提示ではなく、『忘れられた地域史を再検証し、新たな歴史像を提示するための問題提起』です。」とお話しされました。
「米子城主中村一忠ミイラ事件」が今後どのように展開していくのか楽しみです。