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鳥取市防災アカデミー「歴史から学ぶ鳥取の災害(春編)」開催

2026年4月18日

 鳥取市防災アカデミー「歴史から学ぶ鳥取の災害(春編)」が4月18日、鳥取市民会館で開催されました。講師は鳥取まちなかガイドの会会長内田克彦さんです。
 鳥取市では大正7年に発生した洪水で水位が7m22㎝に達し多くの家屋が浸水しました。昭和18年の鳥取大震災では死者1210人と多くの方々が亡くなりました。昭和27人に発生した鳥取大火では旧鳥取市街地の3分の2が焼け野原となりました。過去の歴史を振り返り、被害を最小限にする未来の防災について考える催しです。
 内田さんはそれぞれの災害の規模や被災状況を説明したほか、当時の新聞や文献なども紹介しました。
 鳥取藩医師が記録した「五水記」には文禄2年(1593)から約200年間に起きた五つの大規模洪水が記されています。鳥取市街地は沼沢地で城郭市井を置くべき地ではないと記した史料もあります。大正7年の洪水では全ての橋は流され「御用石」と呼ぶ重しを橋脚に縛り付けたが効果がなく、流されては再び縛り付けることを繰り返していたそうです。内田さんは因溢物語のほか山陰土産(島崎藤村)を挙げながら当時の状況を説明しました。そして鳥取市の治水事業は、後の千代川改修と繋がります。
 戦時下に起こった鳥取大震災は、報道はされているようですが救助活動は活発ではなかったようです。当時を伝える様々な文献の紹介もありました。昭和18年12月に第12代鳥取市長に就任した吉村哲三は復興事業に取り組んだが必要最小限のことしか行えなかったなかで、若桜、智頭両街道や片原通りなどの幅員拡張工事は市長の力に負うところが大きいと「市史 鳥取市七十年」(1962)にあります。
 昭和27年に発生した鳥取大火ですが、同日同時刻に兵庫、富山、長野、島根各県下でも大火が発生したと、当時の長崎日日新聞は伝えています。大火が発生する気象条件がそれっていたことが伺えます。鳥取市に消防車は6台配置されていましたが、実際に活動したのは1台だったそうです。おそらく日頃の整備状態が悪かったと思われます(神戸新聞報道)。火災警報が発せられなかったこともお話しされました。
 この後、鳥取市民会館前(旧鳥取市役所)に整備されたTORIKOIPARK(鳥取市まちなか交流広場)に設置されていう災害説明看板に移動し説明されました。
 「普段の備えや情報発信の重要性は今も変わらない。普段の活動が大切なことを改めて感じた」という声が聞かれました。

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