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郷土の偉人碧川かたを語る  碧川かた研究会四井幸子さん

2021年10月02日

 鳥取市歴史博物館やまびこ館まなびのひろばで、10月2日碧川かた研究会会長の四井幸子さんによる「碧川かたの紙芝居読み聞かせ会」が開催されました。
 碧川かたは「赤とんぼ」の作詞者として有名な三木露風の母です。禁酒運動、女性参政権運動などの社会活動家として精力的に活動した女性です。鳥取市のわらべ館横には顕彰碑が建てられています。
 この紙芝居は、かたの事績を広く知ってもらうため、碧川かた研究会を立ち上げ子どもから高齢者まで誰でも分かりやすい作品にして後世に残そうと作成したものです。文は中島二三雄氏、中村裕子氏、四井さんが、絵は中村裕子が担当されました。
 かたは鳥取藩家老和田邦之助次女として生まれ三木節次郎と結婚、操(三木露風)、勉と二子に恵まれますが、邦之助の身持ちの悪さから離縁、鳥取に帰ります。
 自立を目指し看護婦(現看護師)を志したかたは、東京にあった県人寮の舎監であった養女先の父和田正を頼り上京、後年、鳥取出身の碧川企救男と結婚します。企救男との間に五子を授かりますが邦之助の酒乱や女性の地位の低さへの憤りから、禁酒運動、少年の空気銃保持禁止、国会議事堂内での飲酒禁止、さらに女性参政権獲得のために婦人参政同盟、女権社を結成。婦人社会問題研究会では市川房江と活動しています。
 碧川かたの物語は、平成29年「大河ドラマを推進する会」の候補選考会でその生涯が発表され朝ドラ候補として選定されています。
 同会の内田克彦さんのお話では、朝ドラ候補としてふさわしく多くの著名な人々との関りのなかで、かたの人生は展開していきます。三木露風の関係で生田長江(現日野町出身)、生田春月(現米子市出身)、山田耕作、北原白秋、夫企救男関係では石川啄木、幸徳秋水、息子碧川道夫は映画カメラマンとして東京オリンピック記録映画技術監督を務め、三女芳子は映画監督内田吐夢と結婚と、登場人物の厚さは特筆すべきものがあり候補としてふさわしいと実感しました。
 かたは東京築地本願寺和田堀廟所に眠っています。幼くして母かたと別れた三木露風は母の居場所を必死になって探したそうです。墓碑には「赤とんぼの母此處に眠る」と記されています。

四井幸子さんと紙芝居「赤とんぼの母碧川かたの生涯

紙芝居の朗読

紙芝居のあと手作りの資料で詳しく説明

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