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山城ブームになりそう         眞田廣幸さん

2019年9月01日

 戦国時代の山城合戦「3つの籠城戦を読み解く」というフォーラムが9月1日、鳥取市のとりぎん文化会館であり、歴史ファン400人が詰めかけました。鳥取県埋蔵文化財センターの主催。このフォーラムを皮切りに県内各地で山城見学会や中世城館展などが開かれることになっており、山城ブームがやってきそうです。
 県内の城跡で国史跡になっているのは鳥取城、米子城、若桜鬼ケ城の3カ所ですが、ほかにも史跡候補になる重要遺跡はたくさんあります。文化財保護法の改正で、文化財を地域づくりやまちづくりに活用できるようになり、それらの遺跡の再評価と保護・活用が課題になっています。
 そこで県埋文センターでは、因幡で天神山城、鵯尾(ひよどりお)城、狗尸那(くしな)城、荒神山城など、伯耆で羽衣石城、十万寺城、馬ノ山、岩倉城などを順次調査し、現地見学会などを開くことにしています。
 ところで中世の因幡、伯耆は山名氏の分国でした。応仁の乱の後は西の出雲・尼子氏、東の但馬・山名氏に挟まれて親交、抗争の歴史を重ね、戦国時代は中国地方の雄・毛利氏、天下統一を目指す織田氏の支配、侵攻の境目になり、各地に特徴的な山城がつくられたといいます。
 フォーラムは伊藤正義さん(元文化庁主任文化財調査官)の特別講演があり、秋本哲治さん(安芸高田市教育委員会)、髙尾茂男さん(八雲立つ風土記の丘)、眞田廣幸さん(倉吉文化財協会長)がそれぞれ安芸郡山城、出雲月山富田城、因幡鳥取城の籠城戦・攻城戦について概要や背景などを解説しました。
 このうち眞田さんは、秀吉の因幡侵攻の前、毛利方の武田高信(鳥取城主)と南条宗勝(羽衣石城主)が相次いで「不慮の死」を遂げたことが鳥取城落城のキーポイントだったと指摘しました。宗勝の後を継いだ息子の元続らは秀吉方に寝返り、鳥取城救援に来た毛利・吉川氏に抵抗し、鳥取城への兵糧入れを阻んだといいます。鳥取城の籠城戦は4カ月でしたが、1カ月もたたないうちに、城内に逃げ込んだ農民たちの餓死が始まったそうです。

眞田廣幸さん

にぎわった山城フォーラム

太閤ケ平から久松山を望む

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