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活動紹介

2018年4月08日

 明治維新150年を記念して4月8日、鳥取市の県立博物館で薩長因備シンポジウムがありました。鳥取歴史振興会(森本良和会長)が主催したもので、ゲストにNHK大河ドラマ「西郷どん」の時代考証を務める志學館大教授の原口泉さん、西郷隆盛のひ孫・西郷隆夫さんらが参加し、「維新の立役者は薩長因備(薩摩・長州・因幡・備前)」だったことを宣言しました。歴史ファン約300人が聴講しました。
 原口さんは基調講演で、イギリスがアヘン戦争で国土の44倍もある清国に勝ち、植民地化した幕末の世相について説きました。これらの外圧に対抗するため、薩摩藩の島津斉彬などが中心になって「雄藩」連合による国家運営を模索する一方、鉄の大砲づくりなど産業の近代化を急いだといいます。
この時にできた山口・萩反射炉や鹿児島・集成館など8県に点在する日本の産業革命遺産(製鉄・製鋼、造船、石炭産業)は2015年に世界遺産に登録されました。鳥取(因幡)藩も他藩に先駆けて六尾反射炉(北栄町)で大砲生産に励み、この大砲が明治維新の緒戦・鳥羽伏見の戦いで大活躍しました。絵巻にあるように、因州兵は長州兵の前面で戦い、大砲を使い物にならないくらいに酷使して官軍勝利をもたらしたそうです。六尾反射炉も残っていれば、世界遺産の候補になっていたはずといいます。
 さて、これまでの通説は、明治維新の原動力は「薩長土肥」とされてきました。しかし、それは新政府ができてからの表現で、鳥羽伏見の戦いのころは、土佐藩は「薩摩と幕府の私戦」として動かず、肥後藩の参戦は江戸上野の戦いからだったといいます。これら官軍の戦いをリードしたのが西郷隆盛。西郷が京都を出立する際、尼僧・太田垣蓮月から「あだ味方、勝つも負けるも哀れなり、同じ御国の人と思えば」という和歌を託され、その思いが江戸城無血開城につながったのではと解説していました。
 ひ孫の西郷隆夫さんは「敬天愛人」を座右の銘にする「西郷どん」について、著書や写真を残さず、ミステリーのなかでいまも鹿児島県人のなかに生き続けており、人を引き合わせる素養があり、戦略上手で「知行合一」で行動する人。維新後は農業立国の夢を思い描いていたのではないか、とその人となりを紹介していました。
 鳥取歴史振興会は明治維新に果たした鳥取藩の功績を後世に伝えるため、「維新の魁 鳥取藩」を映画化。これまでにシリーズ9作を完成させ、11月には10作目「鳥取藩13番隊山国隊」で総仕上げする予定です。また、9月29、30の両日には鳥取城に京都から山国隊を招き、軍楽隊行進を披露することにしています。

 ※写真上:「身内の顔を集めて西郷さんの顔は作られた」と、隆盛のひ孫・西郷隆夫さん

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