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2026年9月06日
倉吉文化財協会主催の倉吉学講座が9月6日、鳥取県倉吉市上灘コミュニティーセンターでありました。講師は倉吉文化財協会理事山脇幸人さん、テーマは「玉鋼はどんな鉄か―たたら製鉄の誤解―」です。
倉吉市はたたら製鉄が盛んなところでした。鳥取県生産遺跡分布調査(1984 鳥取県教育委員会)によると、倉吉市のたたら場は32か所、鍛冶場や鉄山もあり良質な砂鉄が算出されていたそうです。千トンの土に含まれる砂鉄はわずか1%の10トン。そのうち鉧(けらと読みます。粗鋼のこと)になるのは2.5トン、日本刀の原材料になる玉鋼はさらに減って1トン、これで出来る日本刀はわずか100振程度ですので、いかに玉鋼が貴重だったことや日本刀が高価だったことが分かります。
たたら製鉄が成り立つためには良質な砂金がとれることが条件と言われていますが、実は燃料となる膨大な炭を作るための木が必要になります。砂金は運ぶこともできますが、大量の木を運ぶことはできません。三朝町では海岸から運んだ砂金を運んでたたら製鉄が行われていた記録もあります。操業は藩の許可制で、経済的困窮に苦しむ農村支援、藩の新規租税の獲得等のメリットが大きく影響していたそうです。
玉鋼は日本刀の原材料のみに使われていたと思われていますが、明治以降には軍艦や砲身等にも使われていたようです。
「多くの刀剣は玉鋼で作られていない。むしろ、玉鋼で作られた刀はごく少ない」「刀剣展に行っても、時には一点もない場合もある」と話されました。武士は自分の代だけで支払うことができず、孫子の代まで支払うローンを組んでいたこともお話しされました。
山脇さんは大学の卒業論文はたたらがテーマだったそうで、ライフワークとして研究されています。集まった50名程の人たちは史実に基づくお話や地元倉吉の歴史を興味深く聞いていました。本物の玉鋼はきらきら光りずっしり重いものでした。