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2020年2月18日
境港市の元教育長で境港歴史研究会代表の根平雄一郎さんは、境水道そばで見つかった古い人骨(夜見ヶ浜人)の行方を追っていますが、その報告会が2月18日、境公民館の社会教育講座であり、近々、新たな展開が期待されることを示唆しました。人骨が見つかれば歴史的発見に決着がつくだけに、参加者は熱心に聞き入りました。
この人骨は51年前の昭和44年、境水道に面した境港市外江の工事現場で発見されました。当時、早稲田大学の直良信夫教授(人類・古生物学)の鑑定で、2~5万年前の45歳前後の女性の左下顎骨で「夜見ヶ浜人」と名付けられました。新聞には歴史的発見として大きく報道されましたが、学界からは、その時代の人骨が現存することはありえないと冷たくあしらわれたそうです。
そもそも人類の始まりはおよそ600万年前にさかのぼり、250万年前から石器が使われるようになったといいます。以後、1万6千年前までを旧石器時代と呼びますが、日本列島ではその時代の有機質(生物の骨格)の遺物は腐食してほとんど残っていないこともあり、学界では夜見ヶ浜人の存在を受け入れられなかったようです。
そこで根平さんは8年前、「この人骨が本当に旧石器時代のものであれば…」とロマンをかきたてられ、年代測定調査などを思い立ちました。しかし、肝心の人骨が行方不明です。
問題の人骨は直良教授の退官後、早稲田大学に寄贈され、直良コレクションとして保管された後、再鑑定のため東京大学に渡り、さらに直良教授の死後、早稲田大学に返還されたことが判明しました。そこで早稲田大学に人骨の探索を依頼していますが、これまでのところ見つかっていないといいます。幻の状態です。
講演で根平さんは8年間の経過を報告しましたが、そのなかで近々、直良教授と関わりの深かった人物と接触できそうであることを明かしました。「直良教授の学説を否定する人はみな実物を見ていない。ぜひとも実物を手にし、再調査して直良説を立証したい。引き続き、夜見ヶ浜人を追っていきます」と力強く宣言していました。