HOME | 活動紹介
2019年11月14日
令和元年の境港楽の最終講座は11月14日、境港市の市老人福祉センターであり、鳥取県済生会の常務理事・寺澤敬人さんが古代遺跡と津波について語り、「砂州に暮らす市民は津波警報1mなら、すぐに避難してほしい」と呼びかけました。
寺澤さんは元市役所職員。地元に伝わる「国引き神話」などの故事を地域おこしに活用する研究を進めてきました。その一つが島根半島の洞窟遺跡群です。紀元前5千年前の縄文時代から古墳時代にかけて、長く住居などに使われたという洞窟です。そんな洞窟が境港市街地の対岸、境水道をはさんで、松江市美保関町の4カ所にあります。
日本列島とユーラシア大陸がつながっていたころ、その縄文人たちの祖先は大陸からやってきました。3~4万年前の旧石器時代です。1969年(昭和44年)には境港市・外江海岸の工事現場で旧石器時代の人骨が見つかり、大きな話題になりました。残念ながら、その骨は行方不明となり、「幻の夜見ヶ浜人」と呼ばれていますが、いまなお骨の行方を探している人もいます。境水道周辺は古代ロマンの宝庫です。
さて、寺澤さんは東日本大震災で東北の縄文遺跡などが津波被害を免れたことをヒントに、日本海の津波の歴史と島根半島の洞窟遺跡群との関係を調べました。
それによると、日本海最大の津波は江戸時代末期の1833年にありました。庄内沖地震で、庄内や能登などでそれぞれ50人ほどの溺死者が出ています。島根半島では日本海側の七類で家が流されたりしていますが、洞窟遺跡群に被害はなく、対岸の境港では境水道そばにあった余子神社の境内が水につかった程度だったといいます。島根半島が防波堤になったということでしょう。
寺澤さんは「海辺の縄文遺跡が消滅することなく、今日まで続いている意味は大きい。歴史に学べば、日本海で大きな津波の心配はないということです」と説明しました。ただ、米子市や日吉津村も含めて、境港市は砂州の上にできた町。ほとんどが海抜5m以下です。津波・洪水対策は一瞬たりとも気が抜けません。
境港市の場合、津波発生源を佐渡島沖、鳥取県沖のいずれかを想定して、ハザードマップを作成し、緊急避難場所・ビルなどを決めています。津波到達の予想時間は佐渡島沖で約3時間(津波高3.7m)、鳥取県沖で約40分(2.4m)です。
寺澤さんは死に至る津波高があることも紹介しました。「津波は水だけではなく、地上にある全てのものを巻き込みながらやってきます。体にいろんなものが突き刺さり、50cmといえども危険です。津波警報1mなら、何はともあれ、すぐに避難しなければなりません」と訴えていました。