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吉田璋也の文化遺産保護運動  木谷清人さん

2020年7月30日

 コロナウイルス感染拡大防止のため、自宅学習を続けている鳥取市の高齢者大学「尚徳大学」は7月30日、鳥取民藝美術館常務理事・木谷清人さんが語る「吉田璋也の文化遺産保護運動」をDVDにし、貸し出しを始めました。DVD制作は庭園文化研究家・青木清輝さんの「鳥取県の庭園の魅力を語る」に次いで2作目です。
 今年の尚徳大学はDVDに講義をおさめ、受講者に貸し出す形で行われています。いつもの講義は90分程度ですが、在宅受講を考慮してDVDは30分程度に短縮しています。
 吉田璋也(1898~1972年)は鳥取市の名誉市民です。医師のかたわら衣食住のデザイナーはじめ、民藝運動、文化財保護活動など幅広く活躍しました。今回の講義は文化財保護活動家としてのお話です。
 吉田は昭和29年、教育者で美術・考古学にも詳しい川上貞夫(1897~1977年)らと鳥取文化財協会を設立し、文化財の保存運動をおこしました。その活動は鳥取砂丘の天然記念物指定、箕浦家武家門・鳥取城跡・仁風閣の史跡・文化財としての保存、湖山池の自然や遺跡と景観の保護など多岐にわたります。これらの運動がなければ、鳥取砂丘は緑地化され、すべて農地や宅地に変わっていたかもしれません。
 なにしろ鳥取砂丘は、県によって植林をされることが決まっていました。吉田らは砂丘の価値に気づき、「ちょっと待った」と保護活動を始めます。バーナード・リーチや山下清らの著名な芸術家を鳥取に招き、鳥取砂丘の絵を描いてもらい、展示会を開いて砂丘の美しさや価値を市民に伝えました。そして鳥取砂丘は昭和30年2月に天然記念物に指定され、昭和38年7月に山陰海岸国立公園に昇格したのです。
 木谷さんによると、吉田は夢を持った人だったといいます。途方もないような夢を次々に実現していきました。それを可能にしたのは仁徳、人望だったといいます。
 木谷さんは「指スヤ都 見シヤ茲ヲ」という民藝運動を始めた柳宗悦の言葉を紹介しました。都を目指してばかりいないで地元にこそ良いものがある、そこを見つめなおしましょうと。そして先人が守ってきた遺産を誇りに思い、大切にするのも市民の責任と訴え、講義をまとめました。

木谷清人さん

山陰海岸国立公園 鳥取砂丘

砂丘が国立公園になるまで

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