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活動紹介

2018年4月07日

 日本刀の始祖といわれ、国宝「童子切」をつくった伯耆安綱一門の生産拠点は奥日野だったのではないか―。伯耆国たたら顕彰会と日南町大宮まちづくり協議会は4月7、8の両日、日野・日南町の「たたらの楽校」で伝説の刀工「安綱」を語るトークセッション(討論集会)を開き、多くのたたら研究者や刀剣ファンで盛り上がりました。
 討論のたたき台となったのが、県日野振興センターが委託制作した電子紙芝居「一心清浄 伯耆安綱伝」。たたら顕彰会の佐々木幸人副会長が「平家物語」や「太平記」などをもとにストーリーをつくり、村下の山本裕二さんが監修、企画制作会社・地域未来(杉原幹雄代表)が脚本化し、約50枚の水彩画をつくり、ナレーションなどを入れて仕上げました。
 ストーリーは日南町下阿毘縁大原地区の「昔、安綱という刀工がいて、山伏だった」という伝承をもとにしたもので、将軍の依頼で国宝「童子切」や重要文化財「鬼切」などの銘刀が誕生し、蝦夷の蕨手刀(わらびてとう)をヒントに反りが入った日本刀ができあがるいきさつなどが展開します。安綱一門のなかには安綱を名乗った人物が4人いるほか、出身地伝承も伯耆(鳥取県中西部)に7カ所、うち4カ所は日南・日野町にあり、日本一の砂鉄が取れた印賀鋼の産地・奥日野こそ安綱一門の生産拠点、門外不出の技術伝承の場だったのではないかと結んでいます。
 この紙芝居をもとに討論が行われ、「焼き入れのときの水の温度など作刀の秘密は弟子にも教えなかった。古い時代、鉄づくりや作刀は奥地で行われたと考えるのが自然」(佐々木さん)、「刀づくりが盛んだった大和鍛冶の刀で、いまだに安綱より古い日本刀が見つかっていない。反りのある日本刀を完成させたのは、やはり伯耆国の刀匠」(山本さん)―などの意見があったほか、会場からは米子市や倉吉市の安綱伝承などが紹介されていました。
 奥日野のたたら製鉄ゆかりの電子紙芝居は、「たたら場のお引っ越し」「喜八郎の決断」「伯耆国の流通革命」に次いで4作目となりました。杉原さんは「古事記に登場する船通山のヤマタノオロチや江戸時代にたたら技術集・鉄山必要記事を残した下原重仲(江府町出身)なども紹介したい」と意欲的です。

※写真上:すぎはらみきおさん

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