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歴史遺産の佐治漆を復活させよう      橋谷田岩男さん

2018年1月23日

 鳥取市民大学は1月23日、鳥取市で漆器専門店を営む漆芸家の橋谷田岩男さんを招き、「鳥取漆器・佐治漆の生産と流通の変遷」について学びました。佐治谷は日本有数の漆の産地として知られるものの、安価な中国漆や化学塗料などに押されて消滅してしまいました。橋谷田さんらは佐治漆研究会をつくり、漆産業の復活を目指して苗木づくりなどに組んでいます。
 橋谷田さんによると、佐治漆の最盛期は幕末のころ。加瀬木や加茂など佐治川右岸を中心に漆の木が5千本余り植えられ、漆液が1千㎏ほど採取されたそうで、鳥取藩の大きな財源だったといいます。明治35年の県統計年鑑には県産漆は1691㎏、その9割ほどが佐治を中心にした八頭郡産とあります。ただ、戦後は安価な中国漆に市場を奪われ、佐治産は昭和42年にゼロになってしまいました。
 ちなみに直近の国産漆生産量(平成26年、農水省調べ)は1003㎏。県別では①岩手645㎏②茨城154㎏③栃木120㎏④長野38kg⑤山形24㎏―の順で、かつて1千㎏を産出した佐治の漆産業の大きさがよくわかります。
 佐治の漆は用瀬・智頭・鳥取に集められ、海路で大阪や能登などに運ばれたとみられていますが、鳥取藩にも木村宗春や田中稲月などの優れた漆工、蒔絵師が育ったといいます。昭和10年の鳥取県の漆器製造販売額は約14万円、いまの金額に換算すると2億8千万円ほど。漆工は125人、うち鳥取市には65人いたそうで、その製品は京阪神・下関・中国東北部などに売られたといいます。日本の英語表記がジャパン(漆器)と言われるごとく、漆器製品は欧州貴族のあこがれでした。
 橋谷田さんによると、いま国産漆は日本の消費量のうち、わずか2%ほどしかないといいます。そこで文化庁は国宝・重要文化財の建造物の保存、修理に使う漆は国産漆を使うことにしたそうです。漆生産の適地、歴史的産地が復活する好機がやってきました。橋谷田さんや佐治町民は平成28年に佐治漆研究会(山本達夫会長)を立ち上げ、苗木づくりに乗り出しました。漆液は10年生の木で牛乳瓶1本程度(200cc)しか採れないそうで、産地復活までには息の長い取り組みになりますが、漆と和紙の連携や漆の実のコーヒーなど6次産業化にも挑戦したいと張り切っています。

 ※写真上:橋谷田岩男さん
  写真下:佐治漆研究会のパンフレット

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